横浜地方裁判所 昭和36年(ソ)11号 決定 1962年2月23日
抗告人(被告) 高梨民之助 外九名
相手方(原告) 新井ユキ
主文
一、本件抗告を棄却する。
二、抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
抗告人等は、原決定を取消し、相当の裁判を求める旨申立てた。その理由の要旨は、「本件訴訟は相手方が別紙目録<省略>記載の土地につき、その所有権にもとづき抗告人高梨民之助および同高梨キミに対しては地上に存する家屋明渡、抗告人等全部に対しては地上に存する家屋を収去して該土地の明渡ならびに右土地不法占有による損害金の支払を各求める訴で、一の訴をもつて数個の請求をする場合であるところ、その訴訟物の価額の算定については、右のうち損害金請求は附帯請求であるからこれを算入せず、損害金請求を除く各請求はその目的において経済的に重複するものであるから、その価額を合算することなくそのうち最多額のものすなわち本件土地の所有権に基づく明渡請求における利益によつてなすべきであると解される。しかして、相手方は右訴額を金八三、一六〇円と算定し、本訴を横浜簡易裁判所に提起したが、右相手方の訴額の算定は適正を欠き、事物管轄を誤つたものである。何となれば、土地の不法占有者に対し所有権に基づいて土地の明渡を請求する場合は、土地それ自体の価額をもつて訴額となすべきであつて、本件訴額は訴提起時における土地の価額たる金一六六、三二〇円と見るべきであるからである。よつて本訴は横浜地方裁判所の管轄に属するから、抗告人等は原決定を取消し、さらに相当の裁判を求めるため抗告におよんだ。」というにある。
審究するに、本件記録に徴すれば、本件は相手方が別紙目録記載の土地につき、その所有権に基づき抗告人高梨民之助、同高梨キミに対し地上に存する家屋の明渡を、抗告人等全部に対しては地上に存する家屋を収去して右土地の明渡および右明渡ずみまで右土地不法占拠による損害金の支払を各求める訴であることが認められ、右は一の訴をもつて数個の請求をする場合であるが、結局本訴の価額は本件土地についての所有権に基く明渡請求の価額により決すべきことは抗告人主張のとおりである。そして抗告人は所有権に基く土地明渡請求権の価額は土地の価格そのものであると主張するのであるが、そもそも訴訟物の価額の算定は民事訴訟法第二二条第一項により、訴を以て主張する利益によるべく、従つて訴訟物の価額は原告が全部勝訴を受けたとすればその判決によつて直接受ける利益を客観的且金銭的に評価して得た額であると解すべきところ、土地の価格は第三者が該土地を権原(例えば借地権)に基づいて占有している場合と雖も、なお本来の価格の三割とか四割とか等一定の割合による価格を保有するものとして、取引の対象とされていることは公知の事実であり、いわんや第三者が権原なくして占有する場合にはそれ以上の価値を保有していると認むべく、そのように他人により不法占有されている場合、これにより土地所有権者の受けるべき経済的損失は特段の事情の認むべきもののない限り所有権本来の価格の二分の一程度と認めることができるから、本件において相手方が所有権に基づく土地明渡請求につき、全部勝訴を受けたとすればその判決によつて直接受ける利益は、土地本来の価格の二分の一と解するのが相当である。そして、右明渡を求める本件土地の昭和三六年度固定資産課税評価額が金一六六、三二〇円であることは、訴状添付の横浜市中区長作成にかかる固定資産課税台帳登録事項証明書によりこれを認めることができるから、本訴における訴訟物の価額は結局その二分の一の金八三、一六〇円と認められ、これによれば本訴は簡易裁判所の事物管轄に属するものというべく、よつて抗告人の本件を横浜地方裁判所へ移送を求める旨の申立を却下した原審の決定は相当であり、抗告の理由がないので民事訴訟法第四一四条、第三八四条によりこれを棄却することとし、抗告費用については同法第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 高橋栄吉 吉岡進 鈴木禧八)